倭の五王に関する一考察(その3)

その1 その2 その3 その4 その5 補足

前回基準年と神功皇后の政治体制に関して取り上げましたがやはり破綻してしまいました。

日本書紀の年と倍暦

天皇在位の記述がやはり日本書紀に準拠するとおかしいようです。

ここでちょっと視点を変えてみます。

魏志倭人伝(三国志 魏書 東夷伝)には注がいくつかなされています。

その中に「魏略」という書物の記述として「春の耕作と秋の収穫を目やすにして年を数えている」というものがあります。ここから春と秋でそれぞれ年を数えていた、通常の1年を2年としていたという説があります。(倍暦法)

そこで今度は倍暦法に基づいてみたいと思います。

修正年表(391年基準+神功皇后本紀の修正+倍暦)

天皇日本書紀の
在位年数
倍暦だった場合在位年数の実年即位の想定年崩御の想定年倭の五王
中国史書の記録年
応神天皇40 4120391411 
仁徳天皇86 8743413455讃 421 
珍 438
済 443 451
履中天皇63456459 
反正天皇52.5460462 461興 462
允恭天皇4221463484武 478 (479)
安康天皇31.5484486 
雄略天皇2311.5486498 
清寧天皇52.5499501 
顕宗天皇31.5502504 
仁賢天皇105505510 
武烈天皇84510514 
継体天皇(確定)25 507531まだ変

上記のようにまだ倭の五王についての当てはめがうまくいきません。

また、最後の方は継体天皇の治世に食い込んでしまっています。

次回はここがどうなるのか取り上げてみます。

*2025/3/27 応神天皇と仁徳天皇の在位年は41年と87年みたいですね。単純に引き算していたので間違えました。

2025/11/17
允恭天皇の崩御年を462年から461年に修正

次回に続く

 

参考文献 

新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝: 中国正史日本伝 1 (岩波文庫 青 401-1)

世界古典文学全集 24B(三国志II) 筑摩書房

日本書紀上 講談社学術文庫

歴代天皇在位年 及び 好太王碑文 Wikipedia

 

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