教科書から消えつつある「大航海時代」
15世紀から17世紀にかけて、コロンブスのアメリカ大陸到達やマゼラン艦隊の世界周航など、ヨーロッパ人による大規模な航海が行われました。この時代は日本では「大航海時代」として知られています。しかし近年、高等学校の世界史教科書からこの名称が消えつつあるのをご存じでしょうか?
なぜ「大航海時代」という言葉が教科書から姿を消しつつあるのか。その背景について考えてみたいと思います。
「大航海時代」は日本だけ?
「大航海時代」という名称は、実は日本独特のものです。海外では一般的に「発見の時代(Age of Discovery)」や「探検の時代(Age of Exploration)」と呼ばれています。かつて日本でも「地理上の発見」や「大発見時代」といった名称が使われていました。
しかし、この「発見」という表現には、ヨーロッパ人の視点が強く反映されています。例えば、コロンブスの「アメリカ大陸発見(新大陸発見)」といっても、もともと先住民が暮らしていた土地であり、西洋人が初めて到達したからといって「発見」と呼ぶのは適切なのか?という疑問が生じるのです。このような問題意識が広まり、より中立的な名称が模索されるようになりました。
「大航海時代」という名称の誕生
この流れの中で、1963年に岩波書店が『大航海時代叢書』というシリーズを企画する際、それまでの「発見」や「探検」といった表現に代わる新しい名称として「大航海時代」という言葉を採用しました。この名称は、歴史学者の増田義郎によって命名され、以降、日本ではこの時代を指す一般的な呼称として広まっていきました。
「大航海時代」という言葉は、西洋の「発見」という一方的な視点を避ける意図があったものの、それでもなお「航海をしたのは西洋人である」という立場からの名称であることに変わりはありません。そのため、近年ではこの呼び方にも疑問が呈されるようになってきました。
教科書から「大航海時代」が消えつつある
こうした背景から、現在の教科書(令和4年の検定教科書)では、「大航海時代」という名称が次第に使われなくなってきています。採用数トップの山川出版社の教科書においても、「大航海時代」ではなく「大交易・大交流の時代」という表現が採用されました。(世界史用語集によると「大航海時代」が乗っているのは検定教科書7種類中4種のようです、なお、2022年度より歴史総合という科目が必修科目として加わっておりますが、こちらでは山川出版社の教科書にも「大航海時代」という用語が載っています)
「大交易・大交流の時代」って本当に適切?
ここで疑問があります。山川出版社が採用している「大交易・大交流の時代」というのは本当に適切な名称でしょうか?交易や交流に関して言えば、この時代からグローバル化が進み、さらなる拡大が続いていきます。しかし、この名称では世界史の中でこの時代が特に交易や交流が盛んになったかのような印象を感じてしまいます。
ならどんな名称が適切?
ここからは完全に私見になります。山川の教科書を見てみると、ヨーロッパ諸国の活動だけではなく、中国(明)や東アジアの交易・交流についても記述されています。(掲載の順番ではヨーロッパ世界より先に記述されています)
この時代について考えてみると、明では鄭和の大遠征による中国からアラビア半島への新たな航路の開拓があり、日本人も東南アジアに日本人町を形成するなど海路を通じて進出していました。ヨーロッパの国々も、オスマン帝国によりビザンツ帝国の滅亡が1453年に滅亡するなどして、アジアへの陸路はイスラム勢力が完全に介在するようになりました。そのため、直接アジアとの交易・交流を求め、これまでにない航路を開拓するようになりました。
これらのことから、交易路・交流路の開拓に焦点を当て「新航路時代」、または今までと違う交易・交流が始まったことから「交易・交流の大変革の時代」といった名称の方が適切なような気がします。(繰り返しますが、これは私見です。このような用語は公式には存在せず、教科書でも使われていません)また、東西の交流が従前とは違う段階に来たということで、歴史用語で「外交革命」「価格革命」「宗教革命」というものがあるように「交流革命」というものを考えてもいいようにも思えます。(もちろんこれも私見です)
そうは言うものの……
ここまで色々と述べてきました。しかしながら、歴史学は歴史を学ぶことで現在をより深く理解できるようにすることが重要です。この視点から考えると、東アジア圏での海外への拡大というものは明の海禁政策、及び、日本の渡航禁止令などのいわゆる一連の鎖国政策のため、一過性のものに過ぎませんでした。
一方で、現在まで続く影響を考えれば、ヨーロッパ諸国のこの時代の役割のほうが遥かに大きいのは事実です。それを考えると、「大航海時代」がこの時代に適した表現な気もします。
まとめ
「大航海時代」という名称が消えつつある背景には、従来のヨーロッパ中心的な歴史観に対する見直しの流れがあることがわかります。でも山川の教科書に出ている「大交易・大交流の時代」というのも少し違っているような気がします。
中立的な物がいいのなら個人的には、「新航路時代」や「交易・交流の大変革の時代」といった名称なんていいかな、という気がします。
ただ、ヨーロッパの影響が後世に与えた影響を考えると、「大航海時代」という名称でいいんじゃない?と思います。
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